学位論文の要旨
画像理解の目的は,あるシーンを撮影した画像(入力画像)を解析し,知識を用いた推論を行うことにより,元のシーンに関する構造的な記述を求めることにある.しかし,入力画像とシーン記述間には情報の大きな質的開きがあり,画像理解を実現するためには,この情報の質的開きを演算や推論によって埋め,画像データとシーン記述との対応付けを行う必要がある.このような対応付けを行うには,次の三つのレベルの処理が必要である.
- 雑音除去やエッジ検出などのように画像データを一様に扱う画像処理レベル
- 線分抽出や領域分割などの幾何学的な構造を持ったグラフィックデータ
(画像特徴)を扱う画像解析レベル
- 知識を用いた推論や認識のためのシンボリックデータを扱う認識・理解レベル
上記の三つのレベルの処理では,膨大な計算を行う必要があり,その高速化のためには並列処理の導入が不可欠である.画像データを一様に扱う画像処理レベルについては,SIMD(Single Instruction Multiple Data)型が適していることが従来から知られている.しかしSIMD型は,画像処理レベル以外の画像解析レベルや認識・理解レベルの処理を実行することが困難である.そのため,上記のすべての処理を行う並列画像理解システムには,MIMD(Multiple Instruction Multiple Data)型並列計算機を用いることになる.これまでにSIMD型とMIMD型を結合した複合型の並列計算機が提案されているが,このような構成では,ソフトウェアが複雑になるという問題がある.本研究では,単一のMIMD型並列計算機を提案し,その上で画像理解システムに要求されるすべてのレベルの処理をソフトウェアとして統一的に記述する方式を示す.本研究では,まず再帰トーラス結合アーキテクチャ(Recursive Torus Architecture,RTA)を提案し,RTAに基づいて画像理解に適したMIMD型並列計算機RTA/1を設計する.また,画像理解の最も基本的な機能であるボトムアップ解析に基づく対象認識のための記述方式について検討し,その方式に基づいて並列対象認識プロセスを構成する.そのプロセスを実験機RTA/0上にインプリメントし,実験から得られたRTA/0の性能に基づいてRTA/1の性能を予測する.本論文の構成を以下に示す.
- まず2章から4章では,ハードウェア的観点から,MIMD型分散メモリ並列計算機RTA/1の設計を行い,基本的なハードウェア性能を評価する.2章では,基本アーキテクチャであるRTAを提案し,その諸定義やプロセッサ間の通信距離特性などの理論的性質を明らかにする.また,プロセッサ間の組織的な並列データ転送手順を提案し,この組織的通信によって,任意のプロセッサ間での通信を行うことなく,効率的な並列アルゴリズムが構成できることを示す.3章ではRTAに基づいて開発した並列画像理解用計算機RTA/1の設計を行う.4章では,RTA/1の性能を予測するために試作した16個のプロセッサから構成される実験機RTA/0について述べ,その実験結果から先の組織的通信が効率的な並列アルゴリズムを構成する上で有効に機能することを定量的な評価によって明らかにする.
- 次に5章,6章では,ソフトウェア的観点から,統一的なソフトウェア記述の方式に基づく並列プロセスの構成方式を示す.5章では,対象認識を並列に実行する場合の枠組として,「データレベル並列処理」の観点から,対象認識に必要な処理を「基本演算パターン」として分類整理し,この基本演算パターンの組み合わせとして並列プロセスを構成する方式を示す.6章では,その並列プロセスの構成方式に基づき,並列対象認識プロセスを構成する.
- 7章では,以上の検討を総合し,実験機RTA/0上に並列対象認識プロセスを実際にインプリメントし,性能評価を行う.実験結果に基づいてRTA/1の性能を予測した結果,1) 2章で述べた組織的通信の考え方が効率的に機能すること,2) 5章で述べた並列プロセスの構成方式に基づいて構成した並列対象認識プロセスが,高い並列処理効果をもたらすこと,を定量的な実験結果から明らかにする.
- 最後に8章では,本研究で提案した並列画像理解用計算機RTA/1および,対象認識のためのデータレベル並列処理に基づく並列プロセスの構成方式,がともに有効であることについて述べるとともに,今後に残された課題を示す.
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